昭和38年創業!50年続く理髪店|リビアスの原点「ヘアーズN.J MEN」とは?

リビアスには、原点となるサロンがあります。

サロンの名前は、「ヘアーズN.J MEN」。創業は昭和38年と、実に54年前から現在まで受け継がれているサロンです。

ヘアーズN.Jの創業者は、リビアスの社長、大西昌宏の父親であり、リビアスの会長でもある大西泰行(おおにし ひろゆき)氏。昭和38年に「バーバーニュージャパン」という名前の理容室を創業しました。

その後、個人事業から株式会社へと形を変え、大西昌宏氏が2代目社長に就任。サロンの名前をヘアーズN.J MENと変え、時代に合わせ形を変えながら、受け継がれています。

今回の記事では、リビアスの原点となる50年の歴史をもったサロン、「ヘアーズN.J MEN」についてご紹介していこうとおもいます。

「かっこいい大人の通うメンズ専用サロン」をコンセプトに4店舗を展開

ヘアーズN.J MENのコンセプトは「かっこいい大人の通うメンズサロン」です。

大阪に3店舗、兵庫に1店舗の計4店舗を展開しています。

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黒をベースにしたクールな店内のデザイン。

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男性が入り安く、リラックスできる空間作りを意識し、内装をデザインしています。

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千里中央店 06-6831-2541 大阪府豊中市新千里東町1-3-14 せんちゅうパルB1F
東町店 06-6872-7387 大阪府豊中市新千里東町3-6-108
茨木彩都店 072-641-6787 大阪府茨木市彩都あさぎ1丁目2-1 ガーデンモール彩都2F
園田阪急プラザ店 06-4960-1138 兵庫県尼崎市東園田町9-48-1 園田阪急プラザ2F

1963年(昭和38年)に創業|目指したのは「日本一の散髪屋」

今から54年前の1963年、大阪北千里にバーバーニュージャパンが創業しました。

創業時から高度経済成長の波にのり、経営も順調、当時の理容室では珍しかった多店舗展開も実現し、一時期50名以上のスタッフを抱えるサロンとなります。

事業が大きくなるに連れて、泰行氏の個人事業から、株式会社へと移行。「株式会社バーバーニュージャパン」が誕生しました。

バーバーニュージャパンという名前には、「日本一の散髪屋になる」という想いが込められており、泰行氏の想いは50年たった今でもリビアスに受け継がれています。

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創業50周年を記念して作られた冊子がある。創業当時の写真も多数掲載されており、歴史を感じる1冊

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当時の店舗の様子や昌宏氏の中学生時代の写真なども掲載

大西昌宏が入社|父親の想いを受け継ぎ2代目社長に就任

株式会社バーバーニュージャパンとして、3店舗を出店し、経営も順調にいっていたころ、理容の専門学校を卒業した大西昌宏がバーバーニュージャパンへ入社します。

昌宏氏が入社して2年経ち、サロンの店長へと就任、1店舗の責任者となりました。

社長であり父親でもある泰行氏は、店舗の方針については一切口を挟まず、昌宏氏のやりたいように店舗の運営を任せます。

 

昌宏氏が店長へ就任し、業績も順調に上がっていた、ある日のこと、突然、悲劇が起こります。

泰行氏が倒れ、病院へ救急搬送されたのです。

脳の血管が切れており、その日のうちに緊急手術。手術は成功し、一命はとりとめましたが、現場に復帰できる状況ではありませんでした。

その日を境に昌宏氏が社長へと就任、株式会社バーバーニュージャパンが展開していた3店舗の経営を行うようになりました。

父親の想いを受け継ぎ、日本一の理髪店を目指し、独自の経営手法を確立

株式会社バーバーニュージャパンの2代目社長となった昌宏氏。

「日本一の理髪店にする」という父親の想いを受け継ぎながら、自身の夢であった「たくさんお店を出す」ということも目指し、小さなサロンを増やしていきます。

「いつかは、自分の会社を作りたい」と思っていた昌宏氏は、2002年2月22日に「株式会社関西理美容サービス」という法人を作りスーパー銭湯への出店や、病院への理美容師の派遣など、バーバーニュージャパンとは違った新しいビジネスモデルで展開していきます。

株式会社関西理美容サービスは、2012年に社名を「株式会社リビアス」へと変更。

今でも、大西泰行氏の想いを受け継ぎながら、「日本一、理美容師が輝ける会社」を目指し、独自の経営手法を確立し230店舗の展開をするに至りました。

50年前設立されたバーバーニュージャパンはヘアーズN.J MENと名前を変え、泰行氏の想いとともに、今もなお、受け継がれています。

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父から子へ、子から父への想いは、冊子の親子対談に記載されている

まとめ

今のリビアスは、大西泰行氏がいなければ存在していません。

泰行氏が想い描いた「日本で一番の理髪店を作る」という夢、理容師の活躍できる場所を増やしたい」という想いが息子である昌宏氏へ受け継がれたからこそ、今のリビアスがあります。

経営手法や、実際のやり方にこそ違いはありますが、根底にある想いは一つです。

昌宏氏は社員に常々、「会社の歴史を学んでください。今の会社があるのは、会長である泰行氏がいたからこそです」と言っています。

50年前に個人事業で始まった床屋、始まりは、一人の男の熱い想いでした。

泰行氏から受け継がれた夢と想いを持ちながら、リビアスはこれからも成長していきます。